日本各地の家守文化を辿る~島根県出雲の築地松~

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南北に長い日本はその土地ごとに気候が異なり、そのために生活文化や家の様式に地域独自の特徴が生まれます。今回は、株式会社NOTEの建築士・高橋汐満さんに島根県出雲エリアで見られる緑の暴風壁、築地松(ついじまつ)について寄稿していただきましたのでご紹介します。

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みなさん、こんにちは。NOTE設計チームの高橋です。

皆さんが住む街に「気になる風景」ってありませんか?
私が以前住んでいた、島根県出雲市にはこんな風景がありました。

屋敷を取り囲む松の壁。これは「築地松(ついじまつ)」と呼ばれる防風林で、出雲市斐川平野というエリアの農家のお家に見られます。私が出雲市に住んでいたのは2015年~2018年の三年間。住んでみてびっくりしたのは、冬場の強風です。私が住んでいたのはアパートでしたが、強風のひどい日には窓の網戸が勝手に左右に動く音がうるさくて寝られないほどでした。皆さんが出雲に行かれる際は、コンビニに注目してみてください。入口が二重になっています。これは強風対策が大きな理由だと地元の人から聞いていました。

築地松は約12mの高さです。ちょっと気になる点がありませんか?

この形。ぴしっと四角で、適度にスケスケ。加えて、木の上の方が反りあがったような独特のかたちをしています。ビル4階建てほどもある巨大な木の形を整える植木屋さんがいるのかな?と想像できます。

 

ある日、面白い機会が巡ってきました。私が大学生のころから所属している日本民俗建築学会が70周年を迎える記念に学会員で本を作ろうというものです。テーマは、全国の伝統的な民俗的風景。その中に出雲の築地松が入っていたのです。私は寄稿者に名乗りを上げ、取材を始めました。

名乗りを上げたものの、何から調べればいいのやら…。路頭に迷っていたところ、出雲市役所には築地松景観保全対策推進協議会事務局というものがあることを知りました。早速問い合わせてみると、すぐに豊かなネットワークを開示くださり、私を「ノーテゴリ」と繋いでくださりました。
「ノーテゴリ」とは築地松専門の剪定職人のこと。漢字で書くと「陰手刈り」です。出雲弁で「ノーテ」とは日陰の意味。「ゴリ」は「無くす」ことを意味します。つまり「ノーテゴリ」とは「日陰を無くす」という意味。築地松の葉を適度にすき取って、家の周りの田んぼが日陰にならないようにすることが仕事です。運よく、今度仕事の予定があるから見に来てもよいと言っていただき、その様子を取材することができました。

協力くださったのは、飯塚造園のみなさん。ノーテゴリの仕事は、季節限定で12月~4月が主です。それ以外の時期は庭師をしているので、屋号は「○○造園」としている場合が多いです。

3月のある日、ノーテゴリの始業は8時でした。4年ぶりにノーテゴリが入るこちらのお宅、作業開始前はこんな状態でした。

松の枝葉が隙間なく生えているのが分かります。

さて、梯子と柄の長い鎌を持って持ち場につきます。

この高さ、伝わりますか?私なら、上っている途中で泣きたくなるような状況です…。ノーテゴリの皆さんはこうおっしゃっていました。
「松のてっぺんは少しの風で大きく揺れる。そのうえ刃物を持つ仕事なのでいつも緊張している」と。肉体的なパワーだけでなく、精神的にも疲労に耐えられることが求められる仕事なのですね!

この日、チーム・ノーテゴリは松の壁のてっぺん中央を下げることから取り掛かっていました。

木のてっぺんでこんな体勢になることも。

時折、棟梁が下りてきて全体のプロポーションを確認します。松のてっぺんを反らせる形に意味はなく、ただ「その方がかっこいいから」とのことでした。
刈られた松の枝は、切り口が斜めになっていました。こうすることで、枝が割けることがなく裂け目から虫が入るなどして病気になることを防いでいるそうです。こんなに大きな松の壁の剪定は、繊細な配慮のもと行われていることが分かります。

こちらが伐り落とされた松の枝。切り口が斜めになっています。

時刻も16時半を回ったころ、作業が完了しました。

伐る前に比べて隙間ができ、だいぶスッキリしました!

落とした枝は、畑で燃やされたりエネルギーセンターで燃料チップに加工されたりするそうです。

飯塚さん、このお仕事についてどのような気持ちを持っていらっしゃるのでしょう?
「斐川を代表する風景の要を担っていることが、この仕事の誇り。」

実は、この築地松、平成の害虫被害で一気に数が減ってしまいました。維持管理の大変さも相まって、今も減少傾向にあります。出雲市は、築地松の風景を守るため助成金制度を整えるなど対策を講じています。個人宅の植木という存在を超えて、地域の風景(=財産)であることが市民の認識にある現れだと感じました。

この風景は飯塚さんの仰るようにノーテゴリの誇りを支えています。4年に一度の剪定作業にはまとまった費用が必要ですが、それを惜しまない所有者も「築地松のある家」ということに誇りをもっていらっしゃいます。出雲の風景を思い出すとき、今はその地を離れた私でも、イメージの中に築地松は必ずあります。直接かかわりのない人同士でも、場所や時代を超えて共有できるものが風景だと実感する機会となりました。



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小栗 瑞紀

生まれも育ちも神奈川県横浜市。就職を機に篠山へ移住し、人生初の田舎暮らしを満喫中。株式会社NOTEに勤務。古民家が好き。